この集会のスタイルを企画したのは私です。通常の研究集会では、
事前にプログラムが決まっていて、講演タイトルはわかっても講演
の内容を予想するのは必ずしも簡単ではありません。数学では一般
的ではありませんが、他分野では事前にアブストラクトの提出を要
求し、講演を受け付けるかどうかをそれに基づいて審査することは
よくあります。しかし、これは私の意図していたことを実現すると
は思えませんでした。というのは、アブストラクトを読んでも、結
果の重要性は審査できても、聴衆が多くを学べるような良い講演が
されるかどうかの予測は難しいからです。事前にプレゼンテーショ
ン資料を提出してもらい、それに基づいて審査すれば良い講演かど
うかの予測はある程度できるかと思いますが、事前にプレゼンテー
ション資料の提出を要求するのは無理があるかと思いました。なぜ
なら、講演者は皆忙しく、プレゼンテーション資料を事前に仕上げ
てもらうのは難しいからです。私自身、プレゼンテーション資料を
作成したのは京都に向かう新幹線の中でした。しかもそれは概要説
明の10分講演の分だけで、本講演は板書ですので、資料と言って
もなぐり書きのノートしかありません。以上のように考えた末、結
論として、初日の午前中に講演者全員が持ち時間10分の概要を話
すということにした次第です。

講演概要を聞いた後、研究代表者と副代表者で、各講演者の時間配
分を決定しました。配分の方針は、研究成果の重要性ではなく、研
究のアイデアをたくさん持っていてそれをしっかりと聴衆に伝えて
くれる人に多くの講演時間を割り当てる、というものです。根底に
は、研究成果を知ることではなく、研究の方法、アイデアを講演者
から学べるような講演を長くじっくりと聞きたい、という希望があ
りました。結果として、このような希望は私にとってはほぼかなえ
られました。そもそも数学の研究集会とは、研究成果を発表するこ
とよりも、研究のアイデアを出し合ってお互いの研究に役立てる場
であるべきだと思います。したがって成果を発表するというより、
アイデアを伝えるということに発表の目的を置くべきです。そのよ
うな意味で、良い講演とはどのような講演か、ネット上で参考にな
るものがありましたのでお見せします。

W. Martin's talk at Oisterwijk, August 21, 2008

My Real Goals というタイトルのスライドの、一番上に書かれてい
るように、とにかく講演は、楽しくなくてはいけない。ここで、楽
しい講演というのは、ジョークに満ちたものである必要はなく、聴
衆の数学的興味を起こし、それを満たすという意味で楽しいという
意味です。なお、このスライドは一般に講演をするときに心がける
べきもの、として公開されているのではなく、講演を準備するとき
にこの講演者自身が心がけたもの、を実際の講演時のスライドに含
めてしまったものです。私が想像するに、おそらく準備に相当のエ
ネルギーを使い、心がけを何度も自分に言い聞かせているうちに、
他人にも言いたくなった、つまり自分の心の中だけにしまっておく
のはもったいないと感じて公開してしまったのではないかと思いま
す。聴衆のみなさんも、次回講演をするときは、これを参考にされ
たらきっと良い講演ができるのではないかと思います。

このスライドは今年8月にオランダで開催された集会ですが、3年
前同じ集会で気づいたことがあります。それは、総じて欧米の参加
者は、リラックスして楽しそうに講演をするのに、アジアの参加者
は緊張して講演をする人が多いということです。言語の問題もある
かもしれませんが、私はそれ以上に、意識の問題が隠れているので
はないかと思います。それは、研究集会に対する考え方です。評価
のための学会発表とは異なり、研究集会での講演は、自分のやりた
いと思った研究の成果を発表するのですから、言ってみれば思い通
りのことをしゃべればいいわけで、それは楽しいものでなければ変
です。この当たり前のことを忘れてはいけません。

もう一つ、6年前同じオランダの集会で学んだことがあります。そ
れは、招待講演者の一人である Arjeh M. Cohen 氏の50分講演に
おいて、主定理を最初の5分で完全に述べてしまったことです。氏
によれば、このように目的を初めに達成してしまうことで、残りの
45分はリラックスしてしゃべれるというメリットが生じるとのこ
とです。実際、主定理を最後に持ってくる講演の方が一般的かも知
れませんが、そうすると最後まで時間配分を気にしていなければな
らず、万一時間が足りなくなった場合には一番重要な主定理の説明
が駆け足になってしまうという、最悪の事態が生じます。これを避
けるためにも、また前の段落で述べたように楽しい講演をするため
にも、主定理を最初の5分で述べてしまうのは、良い方法だと思い
ます。

私もそれに習って、主定理を最初に述べさせていただき、詳しい説
明は黒板でゆっくり説明させていただきます。